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文化観光

證心寺

  • 指定番号文化財資料1号
  • 指定日 1984年2月17日(1986年11月1日 文化財庁)
  • 時代統一新羅時代
  • 所有者證心寺
  • 材料-
  • 規模-
  • 管理機関證心寺

基本情報

證心寺

證心寺は、池元洞から無等山チュンモリジェに向かう無等山路の左側にある。寺院の資料によると、澈鑑禪師の道允(798~868)が860年(新羅憲安王4年)に創建したと伝わる。1094年(宣宗11年)に慧照國師が改築し、1143年(世宗25年)に金倣が新たに改築を行った。文祿・慶長の役に焼けたが、1609年(光海君1年)に釋經、修裝、道光の3人の僧侶が改築した。その後数回にわたる改修が行われたが、朝鮮戦争で五百殿と爐殿(四聖殿)のみを残して全焼し、現在は復元している。 しかし、朝鮮戦争で全焼したのは、冥府殿、極樂殿、會僧殿、翠栢樓などの朝鮮中期の棟であり、殿閣に奉安されていた仏像、幀画、鐘、塔などの貴重な文化財も大きな被害を受けた。特に、当時に国宝第211号だった金銅釋迦如來立像と第212号だった金銅菩薩立像が紛失された(その後国宝の整理により紛失された国宝は削除された)。 1970年に大雄殿を竣工、1989年まで付属棟を復元した。復元されたものは、五百殿(有形文化財第13号)をはじめ、大雄殿、地藏殿、毘盧殿、講院、鐘閣、一柱門、療舍體などである。 五層石塔は高麗時代のものであり、もともと大雄殿の左側にあったのを地藏殿の前に移している。 基壇甲石は破損がひどく、4階の屋蓋石と屋身石は失われた。1933年に解体復元されたが、この時期に金銅仏像2躯と五層鉄塔(高さ19cm)、小型鉄仏2躯、水晶1点、靑玉細珠23点が発掘された。金銅仏像は国宝に指定されたが、朝鮮戦争で紛失した。屋身石の各面に梵字が刻まれた小型の七層石塔は朝鮮時代のものであり、石造菩薩立像と共に五百殿の隣にある。 證心寺(ジュンシンサ)は新增東国与地勝覧や湖南邑誌などでジンシンサとして記されており、本来の名称はジンシンサであることが分かる。

出典:文化財庁、東区役所ー文化探訪

位置

  • 光州広域市東区雲林洞56
  • 062-226-0107
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ツアー情報

ツアー情報  - 利用時間, 休日, 駐車場
利用時間 09 : 00 ~ 17 : 00
休日 なし
Charges -
駐車場 なし